上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2013y02m26d_225036721.jpg


今日は先日vaultで行われたボルコン杯について
2/16にvaultで行われたボルコン杯で、参加者の半数近くがボルメテウスを一積みしただけのハイランダービートダウン(いわゆるボルビート)を使い、1位2位も結局ボルビートであったため、物議を醸す自体になりました。
この結果を受け止めてか、紀州ボルコン杯はレギュレーションの改訂が行われました。

ボルコン同士のミラーマッチをするものだと思っていたらボルコンと称した事実上のビートダウンとの対戦が待っていたため、ボルコンミラーを想定していた参加者などから不平が漏れたというわけです。

【デュエマ 大会】ボルコン杯なのにビートが優勝・準優勝という事態に ~問われるボルコン杯の在り方~

逆にボルビートの使用者からは「変則ルールの構築を考えるのが面白かった」と比較的好評のようでした。


ボルコン杯自体が元々紳士協定に則って運用されてた物だろ
だから穴だらけのルールでも自制が効いてたけど今回はそれが効かなかった
勝つ事だけが目的のプレイヤーなら紳士協定もへったくれも無いわな

ビートダウン言われて憤怒してる人って「これはミラーマッチを楽しむ為のコントロールデッキです」と胸張って言えるの?
馬鹿正直にボルコン組んできたプレイヤーフルボッコにしてやろうとか考えてたんじゃないの?

                                                          -隔離スレ

                        
この手の話をする上でよく話題になるものに「ボルコンとは何か」という問いがあります。
そもそもボルコンって何なのでしょうね?

2013y02m26d_224126033.jpg2013y02m26d_224139193.jpg
(画像は自作のボルコンストレージ、「ボルコンと言われると?」なカードを配置しましが、このイメージはどこから来るのでしょう?)

ボルメテウス・ホワイト・ドラゴンは6弾のカードであり、当時はアストラル・リーフ4積みのDMの黎明期で、リーフデッキの一種であるターボメビウスのフィニッシャーとして採用され、除去コントロールデッキのフィニッシャーとしては、同弾で収録されたヘル・スラッシュの方が安全かつ手軽に詰めれるため、コントロールデッキでは一緒にフィーチャーされたバザガジール・ドラゴンの方がよく見かけました。
今日のボルコンといわれているものの原型は、不死鳥編の後期に見られた白青黒赤除去サファイアであると思われ、またそれも白青黒赤デッキ破壊に遡ることができます。
そして現在のボルメテは、コントロールのフィニッシャーを次元やゼニスに駆逐され、ボルコンというデッキタイプをトーナメントシーンで見かけることはなく、時代の徒花となってしまいました。


白青黒赤ライブラリアウトおよび除去ボルバルに、《ボルメテウス・ホワイト・ドラゴン》をフィニッシャーとして採用したデッキ。』                           
                                            -DMwiki


話が長くなるので詳細は省きますが、超次元が登場してからのDMとそれ以前のDMはゲーム性が大きく異なっており、「昔のDM」に立ち返りたいプレイヤーが多くいるのが、ボルコン杯が各地で楽しまれている一因と思われます。

ボルコンについて、僕の主観的なイメージを書かせてもらうと
・緑抜きの4色
・ボル白、ボル赤がフィニッシャー
・ハイランダー、準ハイランダー構築であり、墳墓が非常に強い
・サブフィニッシャーとしてPGやHMが投入されている
・速攻に非常に弱く、ノーブルや火力トリガーが採用されている(ことがある)
という感じです。
実を言うと、ボルコン杯で使用されているボルコンは墳墓や速攻対策が積まれていないため、違和感を感じ続けています。ボルコン杯というゲーム自体はすごく面白いので目を瞑ることは簡単ですが、少なくとも「本場の味」という感じではないと思います。
そのボルコン杯用ボルコンがビートダウンに敗れたというのは、複雑な気分にさせられました。


デッキタイプの定義というのはボルコンに限らず、細かいことを言いだすとキリがないので、「ボルコンとは何か」という問いの答えは「客観的にボルコンだと思われているもの」というのが恐らく正解で、その客観性はどこから来るのかと言えば無数の個人の主観の集合であり、その平均値です。
そのためその平均値が変動する、つまり時代によって個人のボルコン観が変わったり、プレイヤーが入れ替わることによって「ボルコン」という言葉の意味は変容します。
例を挙げると「素晴らしい」という言葉は元々ネガティブな意味で使われていましたが、今はその逆の意味で使われています。
つまり「ボルコン」という言葉の持つ意味は流動的であり、「こんなのボルコンじゃない」というのは流動的に定義される言葉への認識の齟齬が起こす現象と言えます。
定義された言葉というのは、コミュニケーションにおける前提条件であり、例えば「頭がいい」というのを「成績が優秀」であると考える人と「理解力がある」と考える人では会話が噛み合わなくなることがあります。

このようなコミュニケーションの齟齬を起こさないためにも、ボルコン杯のレギュレーションは流動的に解釈されるボルコンをある一定の範囲に定義するために存在するべきで、レギュレーションを満たすものすべてがボルコンであるならば、「ボルビート」という単語は生まれることはなかったのです。
そういう意味では、以前まとめた各地で異なるボルコン杯ルールというのは、その地域に根付いた方言や伝統文化のようなものなのでしょう。


「何をもってボルコンというのか」これは非常に判断が難しいところ。
基本的には参加者の良心に委ねる形をとっています。』             
                                        -紀州ボルコン連盟



ではなぜ「ボルビート」が発生したのかということですが、一言でいえば「水はひび割れを見つける」です。

“Civilization”開発チームで使っていた言い回しが「水はひび割れを見つける」というものだ。
つまりプレイヤーの利用できるゲームデザイン上の穴があった場合、
それが発見されて悪用されるのは絶対に不可避である。
最大の危険は、プレイヤーがひとたび利用できる穴を見つけてしまうと、
最早それを使わずにプレイする事が不可能になってしまうという事だ。
得た知識は忘れたり無視する事はできない。知らなかった方が良いと思っていてもだ。
             
                                      -翻訳記事:水はひび割れを見つける


これについては上記翻訳記事や、ゲームバランスに潜む魔物についてなどが詳しいので参考にどうぞ。

つまり、今回のボルコン杯という器において、ビートダウンというひび割れから水が漏れてしまったということであり、漏れた水、つまりビートを握った参加者は非難されるべきではありません。
誤解のないように書いておきますが、ひび割れを見落とした運営を非難するべきかと言われたら全然そんなことはありません(運営の暇人さんは本当にお疲れ様でした)。
それでもレギュレーションがボルコンをしっかり定義することができず、その結果水が漏れてしまったということは間違いありませんが…


長くなってしまったので、今日はここまでです。
本当は「DMEDHの今後」も書きたかったのですが、それはおいおい書くことに

こんなところでしょうか
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://melkiss063.blog.fc2.com/tb.php/285-3a56971c
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。