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【重要なお知らせ】
DMEDHなどの変種ルールは DM:Akashic Record 変種ルールに移設しました。


DMEDHのルール・規制カードリスト
DMEDH用デッキ集
DMEDH動画


テスト用ルールは追記より
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・DMEDH交流会に行ってきた
Shinさん主催の新春EDH交流会に行ってきました。
知見として共有したい点、個人的に嬉しかった点が幾つかあったので記述します。
関連記事:新春EDH交流会レポート!〜EDHを愛してくれた全ての人へ〜

・共有したい点
参考になるなと思ったのが
①対戦形式がランダムであること
準備完了後、対戦形式を6面ダイスで決めるという方式でした。(通常形式のDMEDHが2面、次元戦が1面、魔王戦が1面、双頭戦が1面、残り1面は振り直し)
これらのレギュはDMEDHデッキに対応し、1vs3や2vs2など、対戦内容がガラッと変わるものです。
少人数の交流会形式ではマッチングを努力しても同じ対戦相手になることは珍しくないので、対戦形式を変えてることで全く別のゲームを楽しむことができます。

②制限時間60分であったこと
自分で静岡CSの時にも思いましたが、対戦回数や集中力をを考えると1ゲームは1時間未満が望ましく、それを再確認しました。
また、静岡CSの時と異なりそもそもタイムアップするゲーム自体が少なかったことが印象的でした。
理由は色々と考えられますが、その1つに静岡CSで白単や白入りがロングゲームを頻発させたのを受けてそれらに強く出れるガイグレンやヴィルヘルム等を緩和しており、その成果が出ていたのではないかと思います。
・個人的に嬉しかったこと

①色んなルールを活用していたこと
テストしてルールとしての形を作ったものの、時間がなくて紹介ができていない(特に双頭戦)ようなルールが幾つかあるのですが上手く活用してくれてよかったと思います。
各ルールは対戦動画で紹介する予定で、常にやりたいと思っていますがいつになることやら…

②開いてくれたこと
ここに限らずですが、管理しているルールでイベントを開いてくれること自体が嬉しいです。
DMEDHの管理の方向性や考え方について、正しさの保証は模糊かつその地域ごとに異なっており、変更の度に不安で仕方がありません。
また、そのためか嫌な思いをすることも少なくなく、見返りが目的ではなくても、無償なのに…と思うことも増えています。
なのでゲームを楽しんでくれる人がいてくれるのは嬉しいわけです。
DMEDHのデッキを組んでも対戦ができなかった、という人や自分の地元で広めたい、という人もいてくれて開けてよかったですね。
・色規制システムは現状に即しているのか
統率者の文明が増える毎に規制カードが増えていく規制システムはDMEDH独自のものですが、これが現状に即しているのかはわかりません。
これの目的は2つあり、1つ目は特定のカードの組み合わせを防ぐためのコンビ殿堂の大型版であること。
そして、デッキのバリエーションを増やすためです。
全てのカードがマナになり、色の要求も1枚だけのデュエマのルールでは、遅いデッキだと基本的に混色が有利になります。
DMEDHはゲームスピードを遅く設定しているので、色の多いデッキを組まない理由が希薄になります。
これを解消するために、色が増えると規制カードが増えていく今のシステムを採用しています。
しかしDSでマナ武装が登場したことにより、単色デッキが強化されました。
混色>単色という前提が崩れたのです。
今でもこのシステムは継続しているものの、他にもっといいアイデアがないものかと常に考えていますが、実現には至っていません。
DMEDHの規制リストを改変する人はいても、この仕組みまで手を入れるケースは見たことがありません。
考えていないのか、これよりもいいものがないのかどちらなんでしょうか。
DMEDHにとって、よりより仕組みとは何なのでしょうね?

・規制カードが多いことに関する疑問
DMEDHのルールに対する感想としてそこそこ言われるのが、「禁止カードリストが長い」というものがあります。
これに関連して、長年疑問に思っていることが幾つかあります。

①禁止リストが長いことは悪なのか
あるカードAが禁止になると、Aがカードプールから消えるので、選択肢が1枚減ることになります。これは禁止カード設定するデメリットとなります。
しかしAの下位互換であるカードがB,C,Dの3枚あり、それぞれが相互互換であった場合、それまでの選択肢がA一択だったのが三択になります。Aが消えたことによって一見選択肢が減ったように見えて、実際は増えているのです。
具体例を挙げると《白米男しゃく》は、《ブラッサム・シャワー》《ガーデニング・ドライブ》《一挙両得マクノカ・ヌクノカ》の上位です。
DMEDHはハイランダーなので、マナブーストカードのように同じ機能のカードがデッキに複数枚入る場合は影響度が小さいですが、これがフィニッシャーだと話が変わってきます。
例えばもし《オールデリート》が禁止じゃないなら、皆それを目指すんじゃないでしょうか。「ゲームに勝つ」以外の目的や評価項目がない場合は他のフィニッシャーは選択肢から外れてしまうでしょう。拘りにも大抵は限界があります。

殿堂の話ですが、《水上第九院 シャコガイル》は他のフィニッシャーの選択肢を奪っているため、カジュアルの視点で非常に評判が悪いことで有名です。
競技プレイ目線で言えばシャコ自体が環境に一方的に支配的ではないので問題だと捉えられていませんが、カジュアルプレイでは選択肢を減らされることは死活問題です。
皆、好きなカードでゲームがしたいのですから、使わされるのは嫌なのです。
個人的な感想を言えばシャコガイルだけでなくオールデリート、ユニバース、九十九物語、ジョリーjoeと挙げたらキリがない気もしていますが…

つまりカジュアルゲームにおいて本当に求められることは禁止リストを短くして禁止カードを減らすことよりも、禁止カードを設定して選択肢の広さ、実質的なカードプールを確保することなんじゃないかと考えています。
禁止にしないことで得られる自由度と、禁止にすることで得られる自由度を天秤にかけるのです。
DMEDHの規制リストはそういった考えのもと設定されているので、あのリストで使用不可能になっているカードの下には、それ以上の数の実質カードプールから弾き出されるはずだったカードがあるのです。

②禁止リストの長さはゲームの敷居となるのか
とはいえ長い禁止リストを見ると始めようと思った段階から嫌になるとは思います。
私自身は規制リストを減らすことに躍起になっており、そのために同カテゴリ(エクストラウィン・ターンなど)の禁止カードはルールそのものを改訂して減らしにかかっているぐらいです。
しかし、身内にはそこまで減らさなくてもいいんじゃないかとも言われます。
やっている身からすれば自然と禁止カードはおぼえるし、そうでなくてもカードの効果を見ればなんとなくわかってくるとのこと。
これは単に自分の周囲がDMEDHに慣れているからそういう話が出てくるのか、本当に規制リストの長さは敷居とならず、どれだけ膨大な禁止カードがあっても問題ないのか、いまだに良くわかりません。
確かに多いという人は減らしても多いと言いそうですし、やりたい人は気にしないのかもしれません。
多いか少ないかと感じるのは個人差なんで、否定するには便利な言葉なのかも知れませんが…
実際許容できる枚数って何枚なんでしょうね?

③見かけ上の長さだけが問題なのか
先に書いたように、禁止カードの共通項はルール改訂で無力化したうえで無制限にしていますが、これは見かけ上の規制リストを短くするのには役立ちますが、そもそもこのやり方が本当にいいのかはよくわかっていません。
キューブドラフトのような共通プール型の変種ルールは見かけ上の禁止カードはありませんが、全カードという視点だと大量のカードがプールから弾き出されています。
しかしこれは問題とされていないので、見かけ上の規制リストの長さは敷居の高さを感じるのに影響があるものと考えています。
とはいえ、実際はどうなんでしょうか。
・説明するということ

今のうちに出力したいという心持ちですが、先に説明をするということに対する考え方を書いておきます。
DMEDHのルールやカードの規制に対する考え方はルール変更の時などでちょくちょく書いていますが、本当はあまり表に出したいものではありません。
理由は色々ありますが、主なものとして、

①時間がない
やはりこれに尽きます。
改訂の頻度は約1か月に1回ですが、そのスパンでこなすだけのパワーはありません。昔ならいざ知らず。

②リスクが大きい
こういった方針は一貫性と整合性を求められる(日本人はこの傾向が特に顕著といわれている)のですが、カードプールの変化によって変えざるを得ないことも多いので、そうなったときに説明しにくいのです。
カードを作っているのは私ではないのですから。
MTGが守護フェリダー禁止の時に大いに荒れたことが、説明することのリスクを物語っています。

③そもそも必要じゃない
クリエイターズレターがなかった頃、デュエマは殿堂に対して理由を説明しないことに対して一部のプレイヤーから不満がありました。
これは実体としてのカードと、ゲームの競技性を商品として提供しているメーカへの説明責任を求めているものです。
その点において非競技ゲームであるDMEDHでは果たすべき責任は希薄です(ルールに関する質問は別)。
カードを売っているのは私ではないのですから

④やりたくない
義務がなくても要望があったので一時期書いていましたが、書いたときのフィードバックは悉く「書いて当然」というものでした。
今もダイレクトメッセージで説明を求められることがあり、可能な限り答えていますが、好意的なフィードバックは一度も得られていません。
無視か、嫌みを言われるかだけです。